歌に託した神の言葉

 『神霊界』大正六年七月号にのせる大本神諭の原稿がさりげなく王仁三郎から編集へ廻ってきた。浅野は手にしたその原稿が震え出すほどの衝撃を受けた。「今度の戦いで何もかもらちがついて、二、三年の後には天下泰平に世が治まるように申してえらい力みようであるが、そんな心やすいことでこの世の立替えは出来いたさんぞよ。今の大本の中に只の一人も神世になりた折に間に合うものがあるか、取違いにも自惚れにも程があるぞよ。まだまだ世界はこれからだんだんに迫りきて、ちょっとも動きのとれんようなことができるのであるから、その覚悟でおらんと後でアフンといたすぞよ。今一度変性女子の身魂を連れ出す土産に世界のことをあらまし書き残しておくから大切にいたして保存しておくがよいぞよ。明治五十年を真中として前後十年の間が世の立替えの正念場であるぞよ。明治五十五年の三月三日、五月五日は誠に結構な日であるから、それまでは大本の中は辛いぞよ。」(明治三十七年七月十二日)筆先は一種の警告書であって、今までに立替えの時期の明示されたものなど一枚もないと浅野は信じていた。このままで世界がすすめば泥海にかえるほかない。そうなってはならぬから神も人民も改心せよと訴えるのが筆先の主旨である以上、人民の改心いかんでは世の終末は回避できよう。ところが、この日露戦争の最中に出された筆先は警告どころか、はっきり時期の指し示された大胆きわまる予言ではないか。一九一二年度は明治四十五年と大正元年にまたがるから、この年を二年と数えるか一年とするかで明治五十年は大正五年とも六年ともとれる。その前後十年なら立替えの初めは大正元年もしくは二年、大本の基礎がようやく固まった頃であり、明治から大正へと移り変わる境目である。立替えの完成は大正十年もしくは十一年。「三十年で世を切り替えるぞよ」の筆先により、大本では三十年を一切として大きな変わり目がおとずれると信じている。関教の明治二十五年から三十年目がちょうど明治五十五年。三月三日は立替えの決着であり、五月五日は立直しの完成の日ではあるまいか。世界の現状を挑め回しても筆先の指摘どおりに進行している。世をもつ神が悪神であって改心のできぬ国は続々上下にひっくりかえっていくではないか。明治三十六年にすでに宣言してきたが、今また神はくり返す。「王天下は永うは続かぬぞよ。外国にはひどいことが、せんぐりあると申して知らした事が、実地になりてくるぞよ」 まさにそのとおり清国の王天下が覆った。露国のロマノフ王朝は滅び去り、革命は野火のごとく拡がる。目まぐるしく世界の小国は独立する。激動はまだまだ続くであろう。艮の金神の眼光は世界のすみずみまでも見通しなのだ。大地を打つ槌がはずれようともこの立替えの時期だけは間違わぬ… けれど秋山少将のあの突発的予言で充分以上苦しんだ昨日の今日なのである。いかに浅野といえども今はロをつぐんでこの原稿を印刷にまわすにとどめねばならなかった。それから半年たっても王仁三郎は明治五十五年立替え説について肯定も否定もしていない。たまりかねて浅野がただすと「さあ、そういう考えもできますかなあ。なにしろ神界の経綸やからわしにはわかりませんなあ」ととぼけるだけである。それでも浅野は態度のはっきりできぬ王仁三郎の立場を勝手に忖度(そんたく)する。大本の重要人物であり卓越した予言者・王仁三郎がいったんそれを肯定すれば、少なくとも信者間には確言としてまかり通る。否定すればしたで「筆先の予言を信じぬ外国魂」と反王仁三郎派にいっせい攻撃をくうであろう。その浅野の気持ちにこたえるように、王仁三郎は『神霊界』大正六年十二月号・翌七年一月号・二月号誌上に「大本神歌」・「いろは歌」の一連の作を発表した。これは神がかりによって王仁三郎が一気に筆を走らせたもので、のち『瑞能神歌(みずのしんか)』として小冊子にまとめられたが、信者に与えた影響は大きく暗詞する者も多かった。たくさんの飾り言葉や椀曲な言いまわしの中に真綿でくるんだ針のようにチカッチカッと日本と世界の未来の動向を突いている。言論弾圧の激しいさなか、政府への迎合にも心を使いつつ、これだけあらわすのも大変な勇気と決断を要したことであろう。 大本神歌(瑞能神歌)大正六年十二月一日一 東雲の空に輝く天津日の、豊栄昇る神の国、四方に周らす和田の原、外国軍の攻難き、神の造りし細矛、千足の国と称えしは、昔の夢と成りにけり。今の世界の国々は、御国に勝りて軍器を、海の底にも大空も、地上地中の撰み無く、備え足らはし間配りつ、やがては降らす雨利加の、数より多き迦具槌に、打たれ砕かれ血の川の、憂瀬を渡る国民の、行く末深く憐みて、明治の廿五年より、露の玉散る刃にも、向ひて勝ちを取らせつゝ、猶外国の襲来を、戒しめ諭し様々と、神の出口の口開き、詔らせ給へど常暗の、心の空の仇曇り、磯吹く風と聞流し、今の今まで馬の耳、風吹く如き人心、アゝ如何にせん戊(つちのえ)の、午の春夏秋にかけ、心落ち居ぬ荒浪の、中に漂ふ苦しみは、神ならぬ身の知る由も、なく泣く縋る神の前、水底潜る仇艦と、御空に轟ろく鳥船の、醜の荒びに悩まされ、皆散り散りに散り惑ふ、木の葉の末ぞ哀れなり。 二 聯合の国の味方と今迄は、成てつくせしカラ国の、悪魔邪神が九分九厘、モウ一厘の瀬戸際に、旗を反すと白露の、其振舞いの非義非道、凡ての計画を狂はせて、勝つ可き戦争の負け始め、永びき渡る西の空、黒雲晴るゝ暇も無く、独り気儘の仕放題、印度の海も掠め取り、茲にも深き経綸(しぐみ)為し。次いて浦塩日本海、我物顔に跳梁し、卜ン/\拍子に乗り出して、神の御国を脅迫し、モウ一ト息と鳴戸灘、渦巻き猛る荒浪に、大艦小船残り無く、底の藻屑と亡ぶるも、綾の高天にいと高く、空に聳えし言霊閣(ことたまや)、天火水地と結びたる、五重の殿に駆け登り、力の限り声限り、鳴る言霊の勲功に、醜の鳥船軍艦、水底潜る仇艇も、皆夫れぞれに亡び失せ、影をも止めぬ惨状に、曲津軍も慄のきて、従ひ仕え来る世を、松と梅との大本に、世界を救ふ艮の、神の稜威ぞ尊とけれ。 三 綾の高天に顕はれし、国常立の大神の、神諭畏こみ謹みて、厳の御魂と現はれし、教え御親の神勅に、日清間の戦ひは、演劇(しばい)に譬えて一番叟、日露戦争が二番叟、三番叟は此度の、五年に渡りし世界戦、竜虎相打つ戊の、午の年より本舞台、いよ/\初段と相成れば、西伯利亜(しべりあ)線を花道と、定めて攻め来る曲津神。力の限り手を尽し、工夫を凝らし神国を、併呑せんと寄せ来り、天の鳥船天を蔽ひ、東の空に舞ひ狂ひ、茲に二段目幕が開く。三段いよ/\開く時、三千余年の昔より、国の御祖の選まれし、身魂集る大本の、神に仕えし神人が、御祖の神の給ひたる、日本心を振り起し、厳の雄猛び踏み猛び、厳の身魂を元帥に、瑞の身魂を指揮官に、直日の御魂を楯と為し、何の猶予も荒魂、爆裂弾の勇ぎ能く、神の軍の奇魂、奇しき勲功は言霊の、天照る国の幸魂、言平和す和魂、魂の助けの著るく、轟く御代を松の代の、四十有八の生御魂、言霊閣に鎮まりて、四方の国々天の下、治めて茲に千早振、神代乍らの祭政一致、開き治めて日の本の、現津御神に奉る、常磐の御代ぞ楽しけれ。 四 カラ国の天に漲る叢雲も、砲烟弾雨も晴渡り、日の出の守護と成るなれば、斯上無き御国の幸なれど、十重に二十重に累なりし、糸のもつれの弥繁く、解る由なき小田巻の、繰り返しつゝ行く程に、東の空にもつれ来て、退くに退れぬ破目と成り、弥よ/\出師と成る時は、五十余億の軍資をば、一年経ぬ束の間に、烟散霧消(えんさんむしょう)の大惨事 巨万の生霊土と化し、農工商の国本も、次第/\に衰ろヘて、青菜に塩の其如く、彼方此方に溜息を、吐(つ)くづく思案に暮の鐘、進退爰に谷(きわ)まりて、天を拝し地に伏し、狼狽さわぐ弱虫の、カラの身魂は自から、現はれ狂ふ憐れさよ。然れど日本は千早振、神の守りし常磐国、国の真秀国珍の国、神が表面に現れまして、御国を守り給ひつゝ、世界を救ひ玉ヘども、未だ/\心許されぬ、一つの国の御空より、降る雨利迦の一時雨、木枯さえも加はりて、山の尾の上の紅葉も、果敢なく散りて小男鹿の、泣く声四方に竜田山、神のまに/\四ツの尾の、山の麓の竜館、集り居ます神々の、厚き恵みに照り返す、紅の楓葉の、元の姿ぞ目出度けれ。(大正六年十二月一日)「神霊界」大正七年二月号 『大本神歌』発表の大正六年前後から、綾部の大本を訪ねる軍人将校の入信者が急速にふえていく。「今まで露国にばかり目を向けていたが、 どうやら本当の敵は米国(雨利加)らしい」と気づいた彼らは、軍部へ意見を具申した。そのため日本の戦争準備は米国を仮想敵国として大きく方向転換したという。今から考えれば、(三)の戊午の年は大正七年(一九一八)、第一次世界大戦終結の年にあたる。第一次大戦は三国同盟(独・墺・伊)と三国協商(英・仏・露)との対立を背景として起こった世界的規模の帝国主義戦争で、大正三年(一九一四)七月に始まる。「このたびの五年にわたりし世界戦」とはっきり年数を予告したのが終結の前年であることに注目したい。しかしこの大戦の終着駅は始発駅で、さらに世界は本格的な混乱へと始動する。昭和六年の初頭、出口王仁三郎は「本年は西暦一九三一年で<いくさのはじめ>であり、紀元では二五九一年<ジゴクノハジメ>である」と不気味な予告をする。はたしてこの年の九月一八日に満鉄柳条溝で鉄道の爆破事件が勃発し、満州事変へと発展した. 「西伯利亜(シベリア)線を花道と-・‥」の予言でシベリア線につながる満鉄が導火線となって、やがては日本対世界の戦争、日米間の戦闘が続くと理解した大本では『瑞能神歌』を再刊した。しかし翌七年二月一日、当局の忌諱にふれ発売禁止になっている。ある人が「二段目について省略されている理由」を質問すると、王仁三郎は「二段目か。うーむむごたらしゅうて書けるかい。これ以上書いたら首があぶない。お前ら『いろは歌』と合わせてよう判断せい」と答えている。ともかく、二段目は満州事変以後から今次の大戦までの、三段目がそれ以後のかなり長期にあたる予言と考えられる。 (四)の「山の尾の上の…」は現人神の座からすべりおり、人間宣言ののち天皇家安泰のもとの姿に至る天皇の身の上の激変を暗示したのであろうか。古めかしい掛け詞や縁語で真意をぼかした苦心の跡がうかがえる。大正初期、すでに日中戦争か.ら日米戦争への大筋、どたん場での露国参戦、日本帝国の滅亡、天皇家の運命など三十年先をこうまで見通して、大胆にも活字化する。今の若い人たちには理解しにくいかも知れぬが、天皇制絶対の帝国憲法下においてこれらの示唆がどんなに危険なことか。詩の形式を借り、古典的な言いまわしで表現してもなお読めば見当がとれるのだ。投獄は覚悟しなければならなかった。

 

いろは歌(原著は一部のみ引用 ここでは全文引用)

〔旧〕明治三十六年九月十日小松林命作

いまは斯世の、落ぶれものよ。人に笑はれ、罵しられて、誠の道を辿りつゝ。末にや夜光の、玉を得る。

Oろこく斗りか亜米利加迄が、末に日本を奪る企画。金と便利に任しつゝ。

Oはやく勝負を極めん事にや、枕を高く休めない。神政成就遂ぐるまで。

Oにしに亜米利加、北には露西亜、前と後に敵ひかえ、四方海なる日本国。

Oほくそ笑ひを、為しつゝ聞きし、神の教えの現はれて、今じや頭が上らない。

Oべんくだらりと、談判延ばし、深い巧みをする夷国、太平洋のまん中に。

Oとくを貰うも又た落すのも、心次第の大本ぞ。天の岩戸の御戸開らき。

Oちしん雷鳴。火の雨降らし、人の心を戒しめる、天地の神の御経綸。

Oりくつ斗りを、エラソウに言ふて、腹に誠の無いものは、今の世界の流行物。

Oぬくいふところ八髭生やし、神も仏も要るものか、金が神じやと鰌鯰、一寸先きは泥の暗み。

Oるすじや留守じやと、何時来て見ても、奥に主人は居る癖に、不思議と門に立留り、能くく思案をして見れば、何時も嘘つくこの家に、神が御不在といふ事か。

Oをにも十八番茶も出花、時が過ぎたら間に合はぬ。世界の立替あるまでに、身魂研いて置くが良い、後の改心間に合はぬ。

Oわしは備前の岡山育ち、米の生る木は未だ知らぬ。綾部に生れた人でさえ、世の大本を未だ知らぬ・燈台下は真の暗。

Oかえせ戻せと扇を揚げて、招くは熊谷須磨の浦、モ一度斯世を持たんとて、呼べど招けど白波の、おきの毒でも、此度の二度目の世界は、返やしやせぬ。鬼門の金神在る限り、世に出て居れた守護神、早く心を入れ直し 変性男子に従ひて、今度の御役に立つが宜い。

○よ言どころか確言ばかり、一分一厘違がやせぬ。誠の心で開くなれば、ヒヤリ/\と汗が出る。何程邪見な身魂でも、改心せずには居られない。

皇大神の御神諭。

Oたすけ玉はれ世界の人に、如何なる罪の在りとても、暗夜の如き人民の、代りと天地ヘ御詫して、朝な夕なに変りなく、出口の守の御祈念は、世界の為と国の為。

Oれん花経でも南無阿弥陀でも、今度の事には間に合は繊。木魚をどれだけたゝいても、太鼓をドン/\なぐつても、妙見坊主や日蓮の一寸挺には合い兼ねる。二度目の斯世の立替は、勝手気儘の神々や生臭坊主の年の明き。

Oそんじや徳じやと計算斗り、損の中にも得がある、得と思ヘば損となる。兎角この世は人民の、思案斗りで行きはせぬ。万事万端神界の教を守り行くなれば、見えぬ所から神々が、守護なされて何事も、キチリ/\と遂げらるゝ。思案も工夫も要りはせぬ。心研いて御教になびけよく神の子等。

Oつるぎの山に登るとも、千尋の荒海打ち渡り底の藻屑と成とても、ナドヤ厭はん敷嶋の、日本男子を引連れて丹後の国の無人嶋、沓島冠島を開かんと、神の御言を畏こみて、勇み進んで出て行く、出口の守の雄々しさよ。明治三十三年の、七月八日の未明、一つの神祠を建初めて、唱ふる祝祠の声清く、沖に聞ゆる浪の音も、神の御声と偲ばるゝ。東の空は茜射す、日の出の景色拝しつゝ、神の教の神務終えて、大本さして帰らるゝ、出口の御親の勇ましさ。

Oねらう要所は対島に津軽、馬関海峡其次に、舞鶴軍港岸和田の間だの軍備に眼を付けて、地勢要害取り調べ又も越前敦賀より、尾張の半田に至るまで、国探を放ちて探索し、一挙に御国へ攻め寄せて、総ての活動中断し、日本を占領する企み、夢でも見てるか夷国人、日本神国の敷嶋の、神の身魂を知らないか、鰐の如うなる口開けて、只一呑みと思ふても、日本男子の魂は、胸に約りて呑めないぞ。行きも戻りも成らないぞ。

綾部の錦の大本の、十里四方は宮の内、見事覚えが在るなれば、沓島の沖まで来て見よれ、鋼鉄艦も潜艇も、丹後の海の埋め草に、一隻も残さず揺り沈め、日本兵士の忠勇と、出口の守の御威徳で、艮大神現はれて、三千世界を立直す、首途の血祭り覚悟せよ。

Oなり鳴りて鳴余りたる駿河なる、富士の高峰の神霊が、まさかの時に

現はれて、三千世界に鳴り渡り、登る竜巻すさまじく、清水の港に攻め寄せし、外国船を残りなく、沈め絶やして葦原の、中津御国を鎮めます、神は木花咲耶姫、神の勲の尊とけれ。

○らん暴極まる畜生国慾に眼光を曇らせて、我神国を屠らんと、日頃巧みし軍略は、旅順、大連、韓国に、計画外づれて馬鹿を見む。石炭兵糧軍資まで、用意して置け旅順港に、今に日本が貰てやる。其返礼に日本刀、一度は切味見せてやろ、覚悟召されよスラブとも。

Oむかしの神の仕組まれし最も便利な世が参り、蒸気、電気の働きで、三千世界を近よせる、交通機関も完備して、千里万里も夢の間に、是も昔の神代から、神の御裔の奇魂、奇しき力の賜ぞ。艮金神現はれて、世界一つに統べ玉ふ、天の時節の来たものを、訳の分らぬ人民が、人智や科学の活きと、誤解して居る憐れさよ。

Oうそで固めて得心させて、あとでぺロリと舌を出す。今の世界の人々は上から下たまで其通り、一分も誠のものは無い、是が畜類の世の中ぞ。

Oゐつも鳴いてる烏と思ひ、神の教もウワの空、慾と慢心強くして、心の空もかけくもり、暗夜に烏の飛つ如く、何が何やら白雲の、曙の烏に近よりて、日の出の守護と成るなれば、悪の審判は眼のあたり、罪穢の深き人々よ。早く身魂を研き上げ、改心するが日本一。不二の山ほど在る罪も、直霊の御魂に清くなる。弥々日出と成るなれば、元の生神あらはれて、激しき守護ある故に、心に曇りあるものは、余り眩ゆて寄り付けぬ。竜宮館の庭までも。

Oの山の奥も都路も天にも地にも押並べて、神の坐まさぬ所は無い。日輪お照し在る限り、変性男子が現はれて、常盤の松の世となれば、神の守護はあり明の、月の形ちの御簾の内。

Oおもひ違ひの斯世の政治是から凡てを立替て、随意競争の弊を去り、天下公共の其為に、世界桝掛引き均らし、神も仏事も人民も、勇みて暮す神代とし、綾部を世界の中心と、定めて国々統べ守る、天津日継の御威徳と、変性男子の御守護で。

Oくにの為とは口先ばかり、今の高座の番頭は我身好かれのしがくして、下タの難儀は露知らず、人車や馬車に打ち乗りて、手掛足懸色々に、然も大道の中心を、往来の妨害気にもせず、鼻高々と澄し込み、口に葉巻を銜えつゝ、横柄面する見苦しさ。

Oやがて三十七年の明治の春の四月には、斯世の滅亡と基督の、神の信徒がヒマラヤの、高地を尋ねて寄り集ひ、寺を建たり祈祷して、凡ての事を打棄てゝ、救ひを祈る最中に、神の御国に生れたる、日本の人が知らぬとは、燈台下は真の暗。さは去り乍ら世の人よ、周章てず騒がず一筋に、神の教に従ひて、誠を尽せば此度は、一先づ延ばす神の旨、斯世の滅亡来る事は、何れの神も知りつれど、此儘続かす経綸をば、知らざる故に色々と、騒ぐは無理も無けれ共、世界に鬼は無いとやら、鬼と言はれし艮の、隅に坐ませし生神が、斯世この儘預りて善と悪とを立別けて、世界の洗濯為し玉ひ、清きは赦し玉ふなり。早く改心一等ぞ。心次第で此度は、どんな御徳も授けられ、心の悪るい人民は、厳つき懲戒ある故に、何んにも知らぬ神の子等、凡てを捨て神界に、心捧げて祈れかし。

Oまいにち新聞披ゐて見れば、魔法の斯世は目のあたり、殺人強盗窃盗に詐偽に間男大喧嘩、一つも碌な記事は無い。熟々思案をして見れば、実にもこの世は暗黒よ。畜生ばかりの住み処。思へよ思へ秋津人。日本は神の住み処、大和御魂の持主ぞ。世界に先立ち善行の、鏡を出して敷島の、水晶玉を輝かし、出口の守に従ひて、二度目の岩戸の大前に、世界の人を助くるは、日本の民の天職ぞ。日本御魂の持まいぞ。

○けん利義務じやと小理窟斗り潜りて飯を喰ふものは、我神国の土の上に、いく十万の穀潰ぶし。法律ばかりを楯と為し、情宜も義理も知らばこそ、鬼の上前へ越す悪魔、日本御国に蔓こりて、今や斯世は真の暗、仁義道徳頽敗し、誠の人はなき暮し、獣畜ばかりの住む世界、清めて元え立て復す、変性男子の斯の教。

Oふじの高峰に村雲懸り清き姿を包めども、雲立ち退けば元の不二、神代ながらの神の山、気高き姿は世界一、日本魂も其通り、心に懸れる村

雲を除けば直ぐに光り出す、元は天地の分身魂、魂を磨けよ人々よ、神の誠の御教を、畏こし謹しみ赤心に、誓ひて固く守る可し。

Oこん輪奈落の底まで落ちた、腐敗堕落の世の中に、水晶御魂が只一トつ、一つの御魂を種として、日本御魂を培養し、二度目の世界の御柱と、したつ岩根の大本の、神の御役に立てんとて、心を千々に砕きつゝ、血を吐く思ひの辛労を、世人の為に舐め玉ふ、変性男子の雄々しさよ。

Oえん慮笑〔会〕釈も梨地の硯、齢も長き命毛の、筆を振ひて皇神は、三千世界の出来事を、示して斯世を救はんと、明治の二十五年より、出口の守は一筋に、知らせ給へど濁る世の、人の心は真の暗、悪魔の住家と成果てゝ、誠の言葉は聞入れず、何時も恐喝と思ひつめ、悪胴据えて動かない、訳の分らぬ人草は、地球の上に充満し、益々この世は汚れ行く。

Oてんの神勅を畏こみて、泥海世界を清めんと、三千年の其の間、堪らえ玉ひし御難苦は種々雑多に身をやつし、神政成就の其為に、守り給ひし霊徳が、天運循還て歴然と、花咲き初めぬ煎豆に。

Oあじや、亜弗利加、エフロツパ、南北亜米利加、太洋洲、一つに丸めて日本の、天津日嗣の神徳で、万古末代続かせる、神の出口の道開き、竜宮やかたに表現はれて、三千世界の主と成り、普天卒土を統一し、元の神世と改めて、神も仏も人民も、勇んで暮す松の世の、七福神の楽遊び。

Oさん千世界の梅の花、一度に開く今や時、鬼門の金神現はれて、鬼も大蛇も帰順して、松の神代と成る上は、二度目の世界は天国ぞ。曲も醜女も消え失せて、上から下たまで神心、勇みて暮む楽しさよ。

○きもんの神は元の神、国常立の大神よ、斯世を造り固め成し、世の根の本に隠身て、善悪正邪の審判を最と厳重に立て玉ひ、この世一切守ります、尊とき神にましませり、鬼門の神は男神、経の守護と定まりて、緯の守護が裏鬼門、女神に坐して坤、変性女子の神霊ぞ、世界の悪魔や病ひ神、悪しき心の鬼どもを、払ひ清めて経緯の、夫婦の神は人民を、導びき給ふぞ尊とけれ。

Oゆめになり共セメテは一度、綾部高天の大本の、竜宮館ヘ往て見たい。

ト言ふて霊魂は泥まぶれ。何うしたら垢が落ちるやら、近所に居ながら気が揉める、教祖を一度 拝したさ。

Oめくら聾よ世界の九分は、昔の神代が巡り来て、変性男子が現はれて、世界の事を知らせども、実地見せても気が附かぬ、一度に驚愕する事が、出来ては成らぬと朝夕に、声を限りに叫べ共、何処を風が吹くらんと、言はぬ斗りに鼻の先、フフソと笑つて空向ひて、自が乗り行く火の車、実に憐れな人ばかり。

Oみ仙の神山に立籠り、この世の泥を清めんと、三十四年は菊の月、八日に館を立出て、神徳も高きこの山に、祈り玉ひし我教主。至誠は天地に通じけん、十五の月の有明に、尊とや神霊現はれて、世の行先きの事どもをいと懇ろに説き給ひ、教御祖の御心は、春野の雪と解け初めぬ。

され共高き神の山、木立は繁く溪深く、雲霧四方を閉籠めて、月日も為に光り浅せ、常夜の暗の如くなり。

Oしん徳高き神の山、開けて茲に千四百、四十余年と成りぬれど、女人禁制の神の山、今に汚れし事も無く、神祗の集ひの神園として、清き霊地と鳴響く、浪音たかき八塩路の、女島男島と諸共に、神代の姿変へぬなり。神代の儘の神の国、瑞穂の国を守らんと、冠島沓島の神々は、弥仙の神山に神集ひ、清けき和知の河水に、世界を清め人々を、安きに救ひ助けんと、天の岩戸を押開らき、村雲四方に掻別けて、教御祖の手を通し、口を通して詳細に、諭させ玉ふぞ尊とけれ。

Oゑい耀栄花に暮して来たが、報ひは忽ち丸裸体、楽した後の糖苦労、難儀ばかりの珠数つなぎ、誠の為の苦労なら、神の助で何事も、末に萎れぬ花が咲、万古末代名を残し、斯世の神と仰がれん、勤めよつとめ人々よ、誠の道に乗り替て、松の心で励む可し。

Oひろい世界に只一柱、是を誠の神といふ。斯世つくりて万類を、育てむ為に日月を、守りの神と神定め、神の御子なる民草を、養ひ賜ふ有難さ。

Oももち万の神々が、鬼門の神に従がひて、三千世界を夫れ/\に、持場々々を守ります、山には山の神坐まし、河には河の神居まし、草木は草木の神居まし、海には海の神います。大地は禁闕金の神、二度目の世界の守護神、陸と海との竜宮の、乙姫どのはこの砌り、綾の高天原に現はれて、日の出の神とひつそうて、斯世の守護と代りたり。天地覆りて上へ下タに、成るとの教は此事ぞ。実に尊き神代かな。

Oせまい心で鼻高さんが、高天原へ出て参り、出口の守の筆先を、聞いたら嘸や困るべし。心に合ぬ事斗り、三日や十日や百日に、神の経綸は解りやせぬ。誰しも覚え在る故に、一寸様子を書くなれば、浅智慧学者の胸の内、一から百まで知れ渡る、変性男子の御身魂、出口の守の書れたる、世界の宝の神教が、心に当りて耳痛く、聞けば聞く程腹が立ち、身体がピリ/\震い出し、気分悪しくてモヂ/\と、終にや遁げて去にとなる。眼と口の間に在る、鼻が知らずに高く成り、夫れが邪魔して脚下が、見えない故に丼壷へ、落ちて難渋する迄は、こゝの教は聞かれない。少しの学が邪魔になり、理窟斗りに固まりて、何時も疑念の晴間なく、心に取越苦労而已、生れ赤子に成るまでに、高い鼻めが邪魔をして、誠の教の垣をする、なさけないのは人心。

Oすでに悪魔に取ひしがれて、危ふい処を差添の、誠こゝろに染められて、捨た思案の後戻り、洋服脱いで沓捨てゝ、皮のカバンも投捨てゝ、昔の神代の人となり、熟々思ひ回らせば、出口の守の御知らせの、通りに汚れた世界じやと、固く心を取り直し、只一筋の神の道、心も勇み気も開き、花咲く春に遇ふ思ひ、斯んな結構が又と世に、三千世界に在らうかと、初めて覚り大本に、大きな尻を末長く、綾の高天で猫と成る、オツトどつこい神様の激しき威徳に照らされて、心の底の塵芥を、白状したが情け無い、是が出口の王仁三郎。

Oいちぶと九分との戦いで、三千世界を立直す、出口の守の男々しさは、日本の国の礎ぞ。

Oろんより証拠見て御座れ、今に世界が立直る。出口の守の御威徳で、変性男子が現はれて。

Oはやく早くと待つのは神世、悪の斯世を立替て、人々勇み暮す世を、変性男子の御威徳で。

「神霊界」大正六年十一月号

 

いろは神歌

大正六年十一月三日

いろは神歌

大正六年十一月三日

O何鹿の郡綾部の本宮の、拾里四方は宮の内、下津岩根の珍の国、高天原と称えつゝ、天に坐す神八百万、地に坐す神八百万、集りまして幽世と、現つの世をば知ろしめす、其神業を神議り、議り玉ひて常夜往、烏羽玉の世を照さむと、伊都の御魂と現れまして、天津日嗣の動ぎなく、目出度御代を松の世の、常磐堅磐の礎を、搗固めます霊の地を、知らずに暮す世の人の、心の空の仇曇り、晴るゝ由なき憐れさよ。

Oろんどんのカラの都に預けたる、金山姫の御宝は、何時還り坐す術を無み、御姿さえも瑞穂国、豊葦原の中国の、力を削る曲津霊は、英米西大国西の海、底の藻屑と鳴る神に、臍を奪られし姿なり。

Oはに安の彦の神言の現はれて、雲井に懸る群雲を、伊吹き放ちて春日なる、天津日蔭の隈も無く、輝き渡る日の本の、国の稜威は弥高く、鳴戸の海の弥深き、神の恵の鳴り々て、鳴りも合はさる仇波を、大海原に加々呑て、世の大本の一筋の、誠の神の統べ玉ふ、国常立の神の代を、来さん為に三千歳の、道有る御代を松の大本神の出口の畏こけれ。

Oにし東南と北の荒海に、艦充ち続け寄せ来る、醜の荒びの猛く共、御空に震う鳥船の、羽音は如何に高くとも、空より降らす迦具槌の、三ツの都を夜藝速男、如何なる神の猛びにも、少しも怖ぢぬ日の本の国に幸ふ言霊の、ウとアの水火にカラ鳥の、胆を抜かれて落ち此方に、神の稜威の著じるく、頭を地に逆様に、神の御国に何時までも、仇波立たぬ松の代と、駿河の国の不二の山、気高き姿の其儘に、世界の上に聳ゆなり。

O保日の命の現はれて、海の内外の嫌いなく、降らす血雨の河と成り、屍は積みて山を為す、カラクレナイの敷島の、赤き心は日本魂、火にさえ焼けぬ国魂の、光り輝く時となり、体主霊従の身魂を焼き尽し、水火の国の中津国、下津岩根に現はれし、厳の御魂の勲功の、天照る御代の楽もしさ。

Oへだて無き、神の恵みは弥高き、高天原に現れまして、乱れ界てたる現し世乃、諸々の人草救はむと、誠の道をたてよこの、二柱神の勲功は、天之岩戸を開くなる、奇磐間戸の手力男、日本の人も外国人も、神の教えに手撫槌や、足撫の道に迷ひたる、身魂を善きに導びきて、ミロクの神の守ります、常磐の松の神の世に、覆して統ぶる世の本の、国常立の神ぞ尊とき。

Oとつ国の醜の仇浪いや猛く、秋津島根に打寄せて、国の中分を洗ひ去り、浪花の土を汚しつゝ、五十鈴川に襲い来て、清き宮川泥と為し、御国の魂を盗まむと、深き奸計は三重県、尾張半田に押寄せて、手配り為せる其刹那に、伊勢の神風吹起り、怒れる浪の物凄く、心の黒き黒船の、浮瀬に沈む神罰の、忽ち来ると白人の、国の末こそ憐れなりけり。

O千早振神代ながらの神国の、千代も八千代も動ぎなき、天津日嗣の大君は、豊葦原の中津国、瑞穂の国の主師親と、現はれまして天の下、四方の国々隈もなく、言向平し御恵の、露の御玉に潤ひし、日本御国の民草は、我大君の知食す、大御神業にあななひて、内外の国を助く可き、神の依しの天職を、身も棚知らに弥広に、尽せ日本の神の子等。

○りう球につづく台湾ボウコ島、御国に遠きこの島に、心を配れ日本人、外国魂のこゝかしこ、国売る曲の多くして、主人の留守の間鍋たき、柱を崩すカミ斗り、ヤンキーモンキー騒ぐとも、降る雨リカを妨ぐ由なし。

Oぬさ採りて和知の川辺に祈りつゝ、この世の泥を滌がむと、明治の廿五年より、直なる針に餌も附けず、川王の鯉のツレ無くも、鮒や諸魚の屑のみぞ、神の恵の糸長く、釣下ろしたる一筋の、誠の瑞の魂いが、かゝり玉ひし益良夫の、釣り合ふ御魂男子女子、太公望の大望も、西伯文王に見出され、国を治めし古事の、今目の前り北の空、光り輝き渡るなる、神の大橋いや太く、掛けし祈りの尊とけれ。Oるい卵の危ふき国と成り成りて、成り合はざりし異国の、国王は位を降されて、夏なほ寒き西伯利亜の、荒野の果に退らはれし、スラブ王家の憐れさは、聞くも涙の種なれど、我神国に刃向ひし、支那もスラブも天命の免れぬ道と覚悟せよ。続いて三つ四つカラの国、神の御国に仇を為す、報いは今に火の車、乗りて奈落ヘ落ぶれの、悪魔の頭ぞ憐れなり。

Oをに大蛇狼よりも恐ろしき、異国魂の奸計は、口に蜜をば含み宛、尻に剣持つ蜂の如、大砲小砲の兵器を、残らず反古の紙と為し、尻の穴まで見済して、時待つ時の火車を、御国の空に轟かし、掠め取らんと曲津神、企みは実にも良けれども、日本の国は昔より、神の御幸ちの強き国、人は三分に減るとても、神の身魂は永遠に続く常磐の神国ぞ、異国魂の世の末と、成り定まりし幽世の、神の経綸も白人の、世の終りこそ憐れなりけり。

○わた津見の神の宮居に鎮まりし、玉依姫の現はれて、綾の高天に上り坐し、御供の神も数多く、集い来まして斯度の、神世の経綸助けむと、金竜界の島々に、今は潜みて時津風、松の神代と成る迄は、水分の神志那津彦巌の神や地震の、荒々しくも荒れの神、一度に開く竜神の、伊都の雄猛び弥猛く、天地四方の国々も、海山河野の生物も、震い慄のき地に附きて、眼も鼻も耳口も、何と詮方泣声も、轟き渡る皇神の、言葉の霊の限り無く、鳴り渡る時選まれし、日本心の身魂のみ、次の神代の御柱と、栄誉と共に残るなり。

Oかくり世も現ツの世をも押並べて、天津御祖の大神の、依さし玉ひし其儘の、清き神代の御政に、曳き還さむと梓弓、巌も徹うす敏心の、日本心の弥固き、矢竹心の畏くも、世をうしとらの皇神が、下津岩根に現はれて乱れたる世を正さむと、月日さまねく一筋に、誠の道を証しつゝ、勤しみ玉ふ惟神、神の出口の勇ましさ。

Oよに出でし守護神等の鼻高く、雲井の空に蔓こりて、天津日蔭の御光りを、包みかくして葦原の、中津御国を曇らせつ、下国民の苦しみを、余所に眺めて吾れの身の、しかく斗りに日も足らず、月日を送る曲津日は、落ちて散り行く秋の野の、木の葉の果そ憐れにも、踏み付けおきし民草の、足に踏れて泥まぶれ、泥海の世を固めたる、国の御祖の大神の、御袖に縋り歎くとも、神の審判の明けく、罪の隠るゝスキも泣き、人の果こそ憐れなり。

Oたよりなき、世の人々に便るより、神の御教にたよりなば、斯世の中に恐るべき、物は一つも荒魂、神の力に勇ましく、楽しく渡る和田の原、隔て遠き外国の、果しも知らに行くとても、天津日蔭の照る限り、安く守らせ玉ひつゝ、恩頼の幸ひて、国の誉れと諸共に、遺る勲功千代八千代、万代迄も日本の、御魂を照らせ日本益良雄。

Oれん合の国の軍は強くとも、心は割れて四ツ五ツ、いつか勝負の果も無く、力は既にイングリス、艮に以太利て雨りかの、フランス跡に地固めの、望みもつきてカイゼルの、甲斐なき終り世の終り、金も兵糧も尽き果てゝ、互に臍を噛みながら、猶ホ凝りづまに向きを替ヘ、良き支那物を奪はんと、命限りに寄せ来る、其時こそは面白き、茲に仁義の神の国、豊葦原の足に掛け、蹴え放ららかし息の根を、絶ちて悪魔を絶滅し、世界一つに統べ守り、祭政一致の神政を、天地と共に楽まむ。

Oそしもりの山に天降りし素盞嗚男の、神の命は恐こくも、綾の高天に昇りまし、国に仇為す鬼大蛇、天津醜女や曲津霊を、十握の剣抜き持ちて、切り立薙ぎ立て遠近の、山の尾毎に斬り靡け、河の瀬毎に追い払ひ、はらひ清めて四方の国、草の片葉に至る迄、救ひ助けて艮の、皇大神と諸共に、二度目の天の岩戸をば、開けて目出度午の春、天の斑駒逆剥ぎの、世の醜魂を遺ちも無く、退いに退いて草薙の、心の剣皇神に、供え奉りて瑞穂国、瑞の御魂の美はしき、勲功辰巳や午の年、未申なる皇神の、称えを酉の秋の空、錦織りなす紅葉の、赤き心の現はれて、鬼さえ戌の天の下、治まる御代は斯神の、亥にしへよりの勲功ぞと、青人草の仰ぐ世を、松と梅との花の大本。

Oつきも日も隠れて見えぬ叢雲の、中にも神の恵あり、人を奪り喰ふ鬼大蛇、地震雷鳴火の雨も、少しも怖ぢぬ正人は、男女の別ち無く、神の守りし人ぞかし。マサカの時の杖と為り、力と為るは信仰の、徳より外に何も無し。神の御子なる人の身は、神を誠の親と為し、心の限り身の限り、仕え奉りて天地の、諸の猛びも心安く、凌ぎ/\て松の代の、人の鏡と鳴神の、轟ろき渡る高き名を、千代に伝えて神国の、国の真柱搗き固め、勲功を立よ万代に。

Oねの国に落行く霊魂を救はむと、厳の御魂の大御神、瑞の御魂と諸共に、綾の高天に現はれて、竜宮館の渡し場に、救世の船を浮べつゝ、待たせ給へど烏羽玉の、暗に迷ヘる人草は、取り付嶋も荒塩の、塩の八百路の八塩路の、浪に漂よい迷ひつゝ、沖の彼方ヘ走せ行くを、救いの船に棹さして、呼ベど叫ベど不知火の、浪のまに/\隠れつゝ、海の藻屑と鳴戸灘、危ふき渦に近寄りて、行衛も波の底の国、流れ行くこそ悲しけれ。

Oなに波津に咲くや兄の花冬籠り、今を春辺と咲匂ふ、我大神の言霊の、鳴り渡ります竜の春、罪も穢れも内藤の、家に集える信者を、大本王仁が引連れて、御稜威もたかき神の森、大阪本の文雄大人、其他あまた伴なひて、大和の国に名も高き、畝火の山に参上り、四方の国々見はるかし、蜻蛉の臀咋せる国と、詔らせ給ひし神倭、磐余の君の斎きたる、最も畏こき橿原の、珍の御宮殿伏し拝み、皇御国の幸いを、赤心籠めて祈りけり。

○らうそくの我身焦して暗の夜を、照すは神の御心ぞ。神に仕えしともがらは、世の為人の為ならば、家をも身をも省みず、人の譏りも斑駒の、耳に東風吹く心地して、世人の為に尽さむと、朝な夕なに命毛の、筆採り坐して千早振、神の御教を説き給ふ、教御祖の勲功は、高天原と現はれて、四方の民草靡けつゝ、神の出口の道開き、広き斯世の宝ぞと、天に坐す神地の神、歓こび勇み賞で玉ふ、錦の機の目出度けれ。

Oむかしより花に名高き吉野山、八幡の山の奥深く、ミロクの世まで隠されし、音姫どのゝ御宝の、在所尋ねて千代八千代、動かぬ御代の大本の、千歳の松の神の子が、鶴殿君に従ひて、未だ散り終えぬ八重桜、日本心の大丈夫が、高天原を立出て、折も吉野の上市に、一夜を明かし妹背山、吉野の川に隔つれど、誠心の隔てなき、浅野、豊本、牧、村野、梅田、秋岡、出口王仁、星田、多慶子や金谷の、清き身魂は吉野川、流れに添ひて上り行、十里の道も山吹の、一重の花に引かされて、神の教へのかしこくも、早柏原に着にけり。雲井の空の神人と、ひなに育ちし賤の男が、深山の奥に手を曳きて、峻しき山を辿りつゝ、御国の為に赤心を、尽すも神の引き合せ、黄金の山の奥深き、神の経綸は白雲の、花の吉野の水清く、治まる御代の礎を、踏み固めたる千代の鶴、八千代の亀の末長く、開け行く世を楽しみに、松まの長き真鶴の首。

Oうしとらの神の御言を畏こみて、下津岩根の本宮の、神に仕ふる教子が、教御祖に巳ひて、巳年五月の八ツの日に、息長姫の祭りたる、木村の里の庵我の宮、車軸を流す雨空を、厭ひ給はず出坐しの、御供の人は四百人風も福知の町過ぎて、軍の音も静々と、神の御前に着き給ひ、唱ふる祝詞の声清く、御国の為に皇神の、東の国ヘ神幸を、祈り給ひし赤心を、神も諾ひ玉ひけむ、三日を経たる夕空に、神の証しは丹頂の、鶴飛び来り高杉の、上に宿りて只三声、鳴き渡りつゝ産土の、一宮神社の神の森、さして飛び行く吉瑞は、千代の栄えの松の代を、祝ぎ給ひたる惟神、神の稜威のいや高き、事の証明を水茎の、文字に写して皇神に、日々に仕ふる神職、田中の大人の送られし、御文は神の御宝と、世の大本に留めけり。

○ゐすくわし神の光に照されて、曇り果たる村肝の、心の空も晴れ渡り、月日輝き幽世も、現つの世をも明らけく、覚り開きし神心、瑞の御魂と現はれて、御国を守る神と成り、斯世の母と成々て、恵を四方にたらちねの心も熱田の神の宮、つるぎの稜威いやちこに、日本建と生れましぬ、是須佐之男の身魂なり。

Oのあの言霊あ〔なの誤〕と反り、なおの言霊のと反る、のあとなおとの方舟の、真中に住みきるすの御霊、すめら御国のすがた也。のの言霊を調ぶれば、地に泥水充ち溢れ、渦巻廻る御霊なり。あの言霊を調ぶれば、天津御空に昇り行き、成り合まさぬ御霊なり。のあの御霊は泥水の、世界を浸し山を越え、賤しき身魂の雲の辺に、上りて天を汚すなり。さは去り乍ら世の人よ、昔の事と思ふなよ、のあの御霊の災は、今眼の当り現れにけり。なの言霊を調ぶれば、火水の結びの御魂にて、天津御空に二柱、鎮まり坐す姿也。おの言霊を調ぶれば、汚れし地を清めつゝ、六合を治むる御霊なり。地より生れし埴安の、神の御霊もお声なり。五大州の中心に、皇ら御国の天皇の四方の国々統べ給ふ。此の言霊を省みて、皇ら御国の天職を、覚りてなおの方舟の、さとしの舟に乗り移り、瑞の御魂に神習ひ、泥に漂ふ世の人を、なお霊に見なおし詔りなおす神の大道に導きて、世人救ひてヒマラヤの、山より高く名を上げて、二度目の神代の種と成り、万代までも世の人の、救ひの神と鳴り渡る、言霊の道尊とけれ。

のあとなおのはこ舟

ナタサカア

ニチシキイ

ヌツスクウ

ネテセケエ

ノトソコオ