機の仕組ということ

 『古事記』ではアマテラス大神が忌服屋で機を織られる様子がうかがえるが、大本でも早くから゛機の仕組゛ということが筆先で説かれている。「にしきの横の下ごしらえであるからよほどむつかしきぞよ。このなかにおりよると、魂がみがけるぞよ。みがけるほどこのなかは静かになるぞよ。機の仕組であるから、機が織れてしまうまではなにかそこらが騒がしいぞよ。にしきの機であるからそう早うは織れんなれど、そろうて魂がみがけたら、機はぬしがでに織れていくぞよ。」(明治三十三年旧八月四日)にしきの機(はた)とは、綾錦の布を織ることを指すが、すぼらしいみろくの世に至る道程をさまざまに織り成して-人々の苦節を色糸にたとえ象徴的に言ったものであろう。機は縦糸と緯糸で織り成されるが、出口なおと出口王仁三郎のふたつの魂の要素ともいうべきものが、縦と緯の関係になる。出口なお(縦糸) 出口王仁三郎(横糸).艮の金神   坤の金神変性男子   変性女子厳の御霊   瑞の御魂対立しぶつかり合い、からみ合う激しい二つの個性や生きざまの鮮やかな対照がいつのまにやらそのまま組み込まれて大本の教示を成していく。なおにかかる神の教えが、火と水・男子と女子・父と母・天と地・小乗と大乗・ナショナルとインタ-ナショナルというようにまったく相反しながら、機の縦糸・緯糸となって織りなされてゆくのである。「古き世の根本のみろくさまの教えをいたさなならん世がまいりきて、にしきの機のたとえにいたすのは、変性男子(なお)のお役は経のお役で、初発からいつになりてもちっともちがわせることのできんつらい御用であるぞよ。変性女子(王仁三郎)は機の横の御用であるから、さとくが落ちたり、糸がきれたり、いろいろと梭(ひ)のかげんがちごうたりいたして、何かのことがここまで来るのには人民では見当のとれん経綸がいたしてあるから、機織る人が織りもってどんな模様がでけておるかわからん経綸であるから、出来あがりてしまわんとまことの経綸がわからんからみなご苦労であるぞよ。」(大正五年旧九月五日)縦横の役目の相違がはっきり示されている。縦糸は、いったんピンと張り終わると後はびくとも動くことはできぬ。それが縦糸の役目である。゛大本神話゛にもあるであろう国祖クニトコタチノ大神の至正・至道・至厳なやり方に対し不満の神々が、天の大神に直訴する。天の大神もついに制止しきれず、「もう少し緩和的神政をするよう」説得したが国祖は聞き入れなかった。つまりそこで聞き入れてゆるめてしまったら、機の末はどうなるか。乱れ切るのが目に見える。たとえ天の大神のお言葉であろうともつらぬく…これが機の仕組みのつらい役目なのだ。 緯糸は張りつめた縦糸の間をくぐり抜ける度に筬(おさ)で打たれながら、さとくが落ちたり、糸が切れたり、稜(ひ)のかげんが違ったりしつつ、錦の機の完成まで動き続ける。これもまたつらいお役。ともかく、縦と緯というのは、すべての物事の成り立ちの要素を簡略化したギリギリのところの呼び方であろう。いかなる文化も縦と緯との交じり合い以外にないということができよう。「縦横無尽の活躍」というのも自由自在な働きの根底が縦と緯で構成されていることを示している。この縦と緯とをたくみに織り上げるのが゛大本゛的表現をすれば神業であり、人間は一筋の糸として参加するためこの世に生まれてきたわけである。だからこの地球上で人間が創造している文化(政治・経済も含めて)は、人間がそれぞれ勝手にやっているようでいて実は織られているのだ。短い糸をつなぎ、より合わせて、いつか時代の流れの色模様が染め上げられてゆく。縦と緯とがうまくととのって、見事な布が織られていくことをまつりあうという。政治を日本古来の言葉ではまつりごとと称した。天と地、神と人、霊と体との均り合いが真にうまくとれることが政治の理想であろうが、神に対するまつりも同じである。その意味からみれば現今の文化のいっさいは均り合いを欠いており、人間の我欲だけが一方的に突出してゆがんでしまっていはしないか。綾部の大本の機は日本の、世界のひな型となるべき錦を織らねばならぬという。「このなかにおりよると、魂がみがけるぞよ」と筆先にあるのは、少しのゆがみも許されぬ縦糸はもちろん、我がなければならず、あってはならずで、打たれ打たれて織られていく緯糸の過程の苦しさゆえに魂に磨きがかかるのであろう。王仁三郎も歌っている。機の緯 織る身魂こそ苦しけれ 一つ通せば 三つも打たれつ
「機が織れてしまうまでは、なにかそこらが騒々しいぞよ」とあるのは、第一次、第二次の世界大戦、そして現今の経済や資源の戦争を騒々しいと暗喩しているのであろう。機が織れてしまうまでとは、みろくの世、松の世に至るまでは、という意味でもあろう。「そろうて魂がみがけたら機はぬしがでに織れていくぞよ」 人間各人の魂が、みにくい我欲を捨て、織り手の心のままに澄んだものとなったたら、錦の機は自然に完成していくと筆先はくり返して宣言する。