未来予測と神のこころ

  王仁三郎の予言がどのような質のものか

 わたしたちはほぼ了解することができたと思う。

 では人類のさほど遠くない未来はどんなふうになるか?

   この設問は、漠然とした興味的心情からではなく

 公害、現資源の枯渇、食料問題への不安、多極化による政治の混乱

 それらのかもし出す経済の混迷

 人間智の限度においてそれらは

 ますます楽観をゆるさず不安の渦を押しひろげてゆく

 いったい人間とは何だったのか…

 このメタフィジカルな命題が

 刻々にフィジカルな物象の動きそのものをとおして迫ってくる。

 たんなる人生論的などという読物取扱いでは

 ましょくに合わなくなっているのだ。

 かつて例の流行現象として〝未来論゛が言われたことがあるが、

 たんにあのようなジャーナリズムでの話題的なこととは違うのだ。

 限界を見せはじめた人間力以上のところから

 いやおうなく示される未来像のいきいきとした語りかけ

 それによってペシミスティックな現状を超克しなければ

 もうどうにもならないのだ。