一度に開く梅の花

 世界の終末を予言し゛世の立替え・立直し゛を叫んで現われた゛大本゛ とはいかなる団体で教祖出口なお・王仁三郎とはどのような人物であったのか。その紹介はすでに『大本事件史』(出口栄二著・三一書房刊)・『巨人出口王仁三郎』(出口京太郎著・講談社刊)・『大地の母』(出口和明著・毎日新聞社刊・全十二巻)などの大本関係の著書にくわしいが゛大本゛ の歴史を抜きにしては以後に出現した予言群は語れないのでなるべく簡潔に述べていこうと思う。     ゛大本゛ の発生の地は京都府丹波である。丹波はその、丹い波の寄せる大きな湖水であったが、大己貴神(おおなむちのかみ)(大国主命)が八神を従えて山の一万を切り拓き、水を引かせて豊かな大地を現わしたと伝えられる。これらの伝説は丹波が出雲系の一族によって開拓され、領有されていたことを物語る。旧丹波国は福井県の若狭の一部をも含む北近畿一帯をさしていた。丹波から丹後が分離されたのは和銅六年(七一三)である。     古代丹波をひたす文化は出雲そのものであったろうが、四世紀のなかごろ大和朝廷が成立するとその拡大支配につれて、対馬海流によって運ばれた朝鮮や大陸文化と黒潮がもたらす南方文化とがまじりあう。 また開化天皇妃以来、丹波の一族からは大和朝廷の皇妃に召される者が多く、皇位継承問題などと深くかかわりあって大和にとっても動かしがたい役割を果たしていていく。  このような丹波と゛大本゛ との関連はおろそかにできないところがあり、それは゛大本゛特有の神事にも現われている。゛大本゛ の思想が世界と歴史に対して持ちつづける強烈な批判性は一朝一夕に生じたものではなく、日本民族の奥深い根っこからやみがたくも湧き出る力なのである。 なおは天保七年(一八三六)十二月、福知山藩のお上大工桐村五郎三郎の長女として生まれた。天保の大飢饉の最中である。幕府の悪政とかさなって物価は暴騰し、各地で一揆や打ちこわしが続発する。大塩平八郎の乱や蛮社の獄が起こったのもこのころだ。 いわば日本の夜明け前で天保期の数年後にはアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスなどがあいついで通商を要求するという激動期にさしかかっていた。桐村家は福知山藩の郷宿もいとなみ、名字帯刀を許された家柄であったが、父の代に没落し、丸に三柏の定紋の輝く家屋敷まで手放して、隣の狭苦しい陋屋(ろうおく)に移り住むほど逼塞(ひっそく)していた。 木の葉も草も食べつくす飢饉のなかで、ようやく減児(へしご)を免れて誕生したなおであったが、父が死ぬと十歳で子守奉公をしながら家計を助け、三人孝女の一人として福地山藩から表彰された。やがてなおは母の妹である綾部(現在、京都府綾部市)の出口家の養女となり、安政二年(一八五五)、十九歳で婿養子政五郎と結婚した。 政五郎は腕の立つ大工棟梁であったが、名人気質でまるきり物欲のない男。ほいほいと仕事を請負っては損ばかり、そのうえ芝居と冗談と酒が飯より好きという気楽な性分だから、悪質な高利貸しにかかってたちまち裸にされてしまった。 なおは三男五女の子供をかかえて、工事現場の手伝いや糸引きの出稼ぎなどで一家を支える。子供らは口減らしのためつぎつぎと奉公に出さねはならず、ちりぢりになおのそばを離れていった。明治十八年(一八八五)、夫が中風にかかり寝たきりとなるとなおは屑買いに身をおとしてわずかな日銭で病人や幼い子らを養う。  足かけ三年寝こんだ末に政五郎は、末期の酒をなおにねだる。商売道具の秤を質にそれを果たすなおであった。十歳の四女と七歳の末女まで子守奉公に他家に出し、亡夫の借金の返済に追われてなおは一人、出稼ぎに歩いた。長男は奉公先で自殺未遂の果て出奔(しゅっぽん)、頼りに思う次男は近衛兵として出征する。次女も奉公先から行方不明、嫁入った三女は初産の血のぼせで一時発狂、翌年にはならず者の妻となっていた長女が狂った。  息つく間なしに不幸は束となって初老のなおに押しかぶさり、身も魂も引き裂こうとする。  明治二十五年(一八九二)一月三十日(旧正月元旦)の夜、なおは気高い神に招かれて額から腹中へと貫くように一条の光芒を吹きこまれる夢を見る。それが前触れであった。同じ夢を夜ごと見つづけて、五日めの二月三日(旧正月五日)節分の夜、神床に向かって端坐していたなおの姿勢が反身になり、上体がゆるやかに震動をはじめた。あごがぐっと後方へひきしまり、膝がおのずと交互に上下する。それでいて体が非常に重く安定し全身にカが満ちわたるのを感ずる。  腹の底から玉のような熱いかたまりがこみ上げ、胸を通り、さらにのど元まで浮揚し始める。歯をくいしばってこらえるのを、内から挺子(てこ)でこじあげられたように眉がひらき、男の声がふき上がった。「この方は艮の金神であるぞよ。これよりなおの肉体をご用に使うぞよ」  たしかにその声は自分の口から出た。だが自分の意志でなく、自分の声でもない。自分以外の存在が腹中に宿り、それが音声となって言い放ったのだ。なおは我を忘れて抗議する。「やめてくだされ。ここを退いておくれなされ。大きな声を出されてては…」かまわず神は雄叫ぶ。「三千世界一度にひらく梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。この神でなければ、世の立替えはでけぬ。…とどめに良の金神現われて、三千世界の大掃除大洗濯をいたすぞよ。三千世界一つに丸めて万劫末代つづく神国の世にいたすぞよ」 それは末女すみの表現を借りれば゛お大将゛ のような威厳にみちた男声であった。それに逆らうなおの地声は、いつもながらの、まろやかな鈴をふるような、年よりずっと若い女声。こうして神となおとの交流が始まる。  一つののどを神となお自身とが使いわけるのだ。外見上は自問自答の形であろうが、しかしなおの心底に、ひとかけらも存在しない途方もない言葉ばかりなので、いっそうなおの衝撃は大きかった。内部に灼熱するものを冷やし、つき上がる声を静めようとして、なおは裏庭の井戸端に走り、頭から水をかぶった。その夜のうちに水行は七度。八度めに「なおよ、もうよいぞ」 神の制止があったがかまわず浴びると、水は頭上で四散し、一滴も身にかからなかったという。このとき、なおは数え五十七歳であった。